海外のDVDを日本で観れる?

日本ではリージョン・フリーのDVDは普通に手に入るのだろうか。
北米では今やどこの店でも海外版も普通に見られるDVDプレーヤーが売っていて
Macなどのコンピューターまで売ってるドラッグストアや電気量販店でも
他の高いDVDプレーヤーと共に大体激安の80ドルくらいから並んでる。

海外版のDVDを売ってる日本のサイトを見たらリージョンフリーのDVDプレーヤーまで販売していたからちょっと興味が出た。日本ではもう販売しない邦画作品が欧米だけで販売されることが増えて来た今、こういうのって映画が好きな人は特に必要だ。マニアな人なら特に高くても質のいいリージョンフリーのプレーヤーが欲しいだろう。

最近初Bose製品を買ってみてちょっとセレブな気分になった。音楽を質で楽しむ、ということはなぜか湖に行って自然をたしなむ事に似てたり、温泉につかって満喫するのにも似てたりするほどのリラックス感が得られるんだったなあ、と再確認できた。

そして先日、日本では2007年の秋に公開だというチャン・イー・モウ監督の歴史映画最新作、カース・オブ・ゴールデン・フラワーを観たんだけどこの映像の美しさったらないったらナイ!こういうのを観たい時期に家で観たい、と思うから輸入のからでも観たい。

まあ日本版を売りたい側にとってはだからリージョンフリーを配給したくないのだろうけども・・・どうせ見たい人は既に買って観てるんだろうしね。

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「正しい和食」認証制度に米メディア猛反発

リンク: 「正しい和食」認証制度に米メディア猛反発|食|生活・健康|Sankei WEB.

・・・農水省が検討している、海外にある和食レストランを”正しい和食かどうか”と認証する制度の導入についてアメリカのメディアが反応している、という。”日米食文化摩擦”の可能性とか。”日本がスシ・ポリスを派遣する”とか。

ある意味、これでアメリカに日本の現在の独裁者ぶりが伝わるようで良かったかも。

今は北米でもフランス料理と和食を含むアジア料理をまぜたフュージョン・クジンなどがかなり人気になってる。それも大抵がフランス人でも日本人でもない白人の人が経営者だ。

だからってフランス政府が”正しいフランス料理かどうか決める制度をいれます”なんて言う事は考えつかないし正直フランス政府はフランスの料理を逆に広めたいだろうし、経営者も困るだろうからそこまでコントロールしようと出る事は考えつかない。

国際的な場所でこんなことが話にでたら
”アホか”
の一言です。恥ずかしくてしょうがありません。
これ以上海外で日本人にはじかかせないでほしい。

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お祝いアレルギー

日本からの友人でこっちに数年住んでいたのが
永住権をまずとり、それからとうとう市民権も最近取った。
こっちで永住権があると仕事もできるし大学の
学費も3分の1ほど安くなるので誰もが欲しいもの。
でも市民権を取ると日本人ではなくなり
住民票ももちろん取らないとだめだし
きっぱりと外国人になってしまう。

結局家族が日本にいる人は市民権をこっちで取る人はあまりいない。
この友人は家族が日本にいないし住みやすいし、ということで
市民権を取ったようだ。

来週にその証明書のようなものをもらえる儀式が
国のオフィスで行われるらしく、”良かったらこない?”
と誘われた。

儀式というのは国の基本的な質問をされたり
(都市の名前、人口、人種など)
まあこの国の人間になるんだからこれだけは覚えてね、
のようなことを言われて
国家を歌うことになる。
そのために国家をちゃんと覚えて暗記していくと相手は喜ぶ。

そんなのになぜに私はいかないといけない?
っていうかお祝い、ってことなのかもしれないけど
正直興味がない。

ただ、人類学的には参加してみて面白いかもしれないし
これから市民権を取る友人は周りにでないかもしれない。
お祝いする気持ちはないのだけど儀式は見てみたい。

もともと心のそこから尊敬して尊重した相手でないと
お祝いしたい、という気持ちがなんにせよ出ない私は
友人の結婚式によばれても”そういうのには参加しないポリシー
なので”と前から言っておいたりしていた(どんなポリシーなんだよ!
っていうつっこみは置いといて)

先日のTさんの結婚式は凄くうれしかった。
先日の恩師のなんちゃら賞とかも凄くうれしかった。
だけど申し訳ない、多分価値観とか生き方がちょっと
違うな、と思うと素直なお祝いの気持ちが出なくなるー。

もちろん自分の誕生日にだってどっちらけ、だ。
今は年齢を重ねすぎたからかもしれないが
もっーっと若い時にアメリカで友人たちが
サプライズ・バースデー・パーティーをやってくれた。
かなりの人数を集めてくれていて、みんなそれぞれ
プレゼントも用意してくれた。

だけど私はどっちらけ、というよりも、どんなリアクションしたら
いいかわからなかった。”あ、どーもどーも・・・”
と言ってもいつもの快調なジョークなども出ず
シーンとしてしまった。”アレ、こういうの嫌だった?”
”ちょっと怒ってる?”なんても言われたりして。
ちょっと大人げなかったのかもしれない。

あんまり”誕生する””連れ合いを見つける””市民になる”
などに”お祝いをする”ということの意味が合わない
気がするんだけども。もちろん嬉しいことだろうが
なんか当たり前のような。本当に関わった人しか
この喜びがわからないものなんじゃないのか。
だからかなり当人に心底関わっている人しか
その喜びも伝わらずお祝いしている気持ちにはなれないんじゃないのか。それともこれも屁理屈なのか。

だからか最近あったどなたかの男子、出産に
良く知らない方達がめでたいとか言ってるが
私にはしらけた気持ちしかない。
まあ他の理由もあるが。

ということでお祝いの気持ちがないのに誰かの
お祝い儀式に参加してもいいのかな。
友人にやんわりと言ってみます、儀式にだけ興味ある、と。
正直、気持ちわりー、と今から思ってしまうんですが
(お祝いアレルギーみたいのが心をかゆくさせるのです・・)

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海外日本企業の怠慢さ

海外の私の町に某新宗教が経営している古本屋が出来た。
そして日本の世間を騒がしている某なんちゃらドアの
事件に関わっているという噂のエイチなんちゃらかんちゃらという
旅行会社も出来た。
今日は二つとも寄る事になって行って来た。そして考えさせられた。

やっぱり宗教でできているお店はな~ぜ~か~
マナーがいい。言葉使いや挨拶や誰にでも
気持ちよく接してくれるし女性もそれなりの上の立場に
あったりもするのがまた興味深い。
この傾向は某新宗教がやっていた日本食品屋にも通じていて
マナーや行動のコントロールがなされている、と言ったらいいのかな。
これはかなり共通していて
外国で特に日本人に”年齢不詳の正体不明”に見られる私は
とても気持ちよくお店に行けて出られる。

でも他の日本人スタッフのいる店はレストランも含め
学生だ、若い、と思うと態度が甘くなり挨拶もしてくれないことが多いってもんじゃない。
レストランでは中年女性や男性を見てはいらっしゃいませ、とニコニコ顔でしっかりいうのに
正体不明の私のようなものには無視は当たり前。
あるレストランではナプキンや箸を投げられたり。
あるものを頼んだら
”それは時間がかかりますよ。もっと速くできるものにしたらどうですか!”
と言われる始末。お店は開いたばかりで閉まるまでにも数時間ある。
苦笑して、いや、時間かかってもいいんです、というしかない。
その後50代の友人と行ったら話され方も違うしナプキンも投げられなかった(笑)

上の旅行会社も他でもなく、挨拶ナシでスタッフ同士で話をしているし
私の相手をしている間にもきっと会社のポリシーなんだろうが
何度も電話に出る。だから私との話しがなかなか終わらない。
帰りには若い女性がありがとうございました~と言うと他の
ものも思い出したように言う。
お店に入ったときは誰一人いらっしゃいませ、こんにちは、を言わず、
”・・・こちらへどうぞー”と座るよう言われたので
”こんにちは”と私が言うと”・・・こんにちは”と言った。
その後子連れの親子が来たら男性スタッフもみんなで
いらっしゃいませ~。ときたもんだ!!

日本人ってほんと当てにならない、嫌な人間が多いなあ~と
海外でよく思う。特に中途半端な企業、そういう態度でも客が来るから
態度を正すこともないようだ。やっぱり日本企業だろうが、
在日韓国人経営だろうが、北米人経営だろうが、新宗教経営だろうが
マナーの良いところに行きたくなる。

もしアナタが”中年女性・中年男性”以上の年齢と思われない容姿をしているなら
海外では日本企業はお勧めではありません。

(*ちなみに仲のいい中年女性と言われる友人といると
レストランではその日にある寿司のネタの種類も変化しますよ)

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カポエラ兄さんと出会うはずが・・・

掃除機売ります、と掲示板に日本語でだしたら
英語で返事が来た。結構ツウな英語を使うので
こりゃあ日系かな、と思えた。名前は日本っぽい。
んでそのメールの一番下にこの人が入っている
グループの宣伝が。クリックしてみたら
カポエラ(ブラジル武術)のグループだった。
かっちょええな~とちょっと嬉しくなった。

電話番号を教えたら、流暢な英語の女性から
電話で”私の彼氏から聞いたんだけど掃除機売ってるんでしょ?”とのこと。おー、やっぱりこっちの生活してる
日系っぽい。けども感じもしっかり読めるのか、すごいなあ。

この女の子にでもあえても嬉しいなあ、と思って
すぐ来るということで待っていたら
後に来る事になっていた日本人が
”はやく着いちゃって”と来て、掃除機はそのこに
売る事に・・・そしたら玄関に誰かが来たようで
電話で話してみたらそのお姉ちゃん。
”ごめんね、今他の人が来て売れちゃってー”
と言ったら男のこの英語で”えー最悪ー”
と聞こえた。おお、カポエラ日系ニイチャンー
”売れなくてごめんねー”
”あ、いいよ”
となり、彼らとは会えずに終わってしまったー。
残念!

私は町のカポエラグループがデモンストレーションをやるときに時々見に行くほどちょっと好きだし
かっちょえ~って思ってるんだよねー。
だから会えなくて残念だ!
ブラジル文化にも興味あるし
まあしょうがないな。

今日は3時に布団・ベッドをもらいにきてくれる
日本人と韓国人カップルが来る。
そしたら引越しのパッキングがかなり進むと願ってます。

カポエイラ―はじける肉体の即興芸術 自由に、軽やかに、のびやかに カポエイラ―はじける肉体の即興芸術 自由に、軽やかに、のびやかに

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留学・海外暮らし、外国語習得にプライドを持つという事は日本に蔓延る差別、偏見を助けるのか

留学、外国語習得、海外暮らし自体がステップアップではなく、
その中での経験がもしかしたら何らかの自己向上に関わるかもしれない。
留学、海外暮らし、海外旅行をしただけで
より優れた気になるのはとんだ間違いです。
その経験を自分の後の生活の仕方にどう持っていくか、
というのがポイントであって、この経験を
人によってはステップダウンに持っていくこともあるだろう。
だから

”留学してたんだよ。””海外旅行を結構してまして”
”〜語が話せてね””海外で暮らしてまして”

と言われたら
”へえ〜、そりゃあ勘違いしちゃったでしょうねえ。
人より偉くなった、なんて思ってたら大間違いだっっていうのわかるよね。
外国語を使う仕事にこだわる前に人間性を磨け!っていうの良くわかるよね”

なんて言ったらまず嫌われると思いますが
もうちょっとやんわりと表現を変えて議論に持っていくのも手だと思います。
なぜなら現実にこういったことを気づかせることも
先々差別的観念を脱構築していくには必要ではないかと思うからなのです。

西欧中心主義の中でなにも批判的にみず
留学や語学習得や海外経験をいつのまにか
自分が人より優れた理由に位置付けている人間を
多く見てきて好い加減こういった価値をぶち壊したくなってきてしまいました。

とりあえず、人より優れているとは思ってなくても
そういったことは自分に、そして他人に、
国的にどんな意味があるのだろうか、
そして後にどういった意味でとられるか、というのを色々と考えて行きたい。
日本での外国語習得、海外経験という文化的意味を
他の国や文化の状況とある程度比較して考えてみたいと思う。

留学、海外暮らしでナニが大きく違うか、というと言葉だろう。
日本は統一の言葉の日本語というのがあり、他のどこの国でも
共通語としては現在使われていない(もちろん、植民地支配された
国では多少知識や利用者が残っている)。
だから日本の国を出るということだけで
外国語の知識というのがどうしても関わってくる。

これが他の国とちょっと意識が違うことで、
多くの外国では留学、海外暮らしが言語の勉強にすぐ関わることではなく、
言葉を学んで人よりスゴイ、とすぐ思うこともないと感じる。
新しく学ぶ言葉の操りが関わらないと留学、海外暮らしイコール”スゴイ、偉い”
ともなるわけではないような気がするから新しい言語
というものがないところでは経験の”上下”を図るとしても
その”図式”は横線に近いかもしれない。
例えば多少の訛りやアクセントの違いがあってもお互いが英語という共通語を使う
アメリカ人、イギリス人、カナダ人、オーストラリア人、ニュージーランド人
がお互いの国に住み、留学するだけでも
それなりにお〜!思い切ったなあ、という、文化の違いを超えてのスゴイ、偉いなあ、というのは出てくる。
だけどもそれはやっぱり経験、ということが主に出てくる事で
人間性が伴わなければどうにもならないな、って話だろう。
だからそれをしただけで人より優れてる、なんて概念は
なかなか頭をよぎらない気がする。

ただ、そんな英語圏の人が日本で暮らす、韓国に留学、
中国で仕事、フランスで、ドイツで、・・・となると
へえ〜、他の言葉を操れるんだな、なかなかやるなあ
という意識はでる。だからそんな言語をできるやつらは
自慢だったりする。特にアジア圏の言葉をヨーロッパ人や北米人が
やるようになると自慢でしょうがない。アルファベットで
学ぶ言語とは大変さがかなり違う、という意識があるから。
ヨーロッパ人が英語を、英語圏の人がヨーロッパの言語を
学ぶところにはお互いの文化的憧れなどが関わり、
かっこいいなあ〜っ、素敵だわ〜ていうのはあるかもしれないけども
大変さへのイメージ、という点ではアジアの言語を操る人達
にはかなわない。

でもやっぱりその言葉を使ってどうなのよ?ということが問われる。
ビジネスや教育に使うもよし、それに単に趣味を広げて
友達を増やすもよし。ただ、その新しい言葉や経験を
超えて自分達の人間性、価値観にどうやって充実されてるのよ?
っていうのが問われると思う。

そこでまた長い枕詞だけども
日本ではどうなんだろう。先に言ったように留学、海外暮らしが
イコールして新しい言語の操りが入るので
”人より優れている、偉い”
というイメージが関わることが強い。
北米やヨーロッパの言葉だと素敵だなあ、かっこいいなあ、
というイメージ、アジアの言語だと西欧中心主義の
下で教育される日本ではそれほど素敵なイメージは比較的ない。
だけどもアラブ語など人がやらない言語への大変さを
伴うイメージからはやぱりすごいなあ、というのがでる。

留学ではなく、日本のなかで新しい経験を始めるというのと
違うのはやっぱり言語が同じ環境にいる、というのと
その言葉で日々苦労するようなところがないというところ。
だったら日本で新しい経験をしたほうが
言葉を理解した上でのことなので
もっと体感的に上を目指せるのではないか、
という気もしてくる。もちろん、語学が違うところで
日本では経験しなくてもいい生活に必要な初歩的な
ところで苦労するのも体感的な経験だろう。

ただ、経験に上下をつけるのもおかしい、という
ところで考えると日本で新しいこと(例えば新しいことを学ぶ、
習うこと)をするのと海外同じことをするという経験にも
上下はない。でもあたかも海外でやってるほうが
スゴイ、と思えていくのは言語である。
そこで先に話したように言語も個人の先々に意味づけてナンボ、
ということを考えると、それは日本で新しいことを経験した
時期で使用した日本語(専門用語など、なんでも)
だって個人の先々に意味づけてナンボのものだろう。
そうなるとやっぱり新しい経験を海外でしようが、日本でしようが、
上下付けることは意味がなくなってくるだろう。

じゃあなぜ誰もがするように海外での経験に”上”を付けてしまうのだろうか。
このことの意味合いを考えたい。
日本での経験組みと海外、語学習得組みを差別化することによって
ナニが起こり得るのだろうか。
特に学問の中では西欧中心主義から離れられない専門科目
がたくさんあり、そしてそれが当たり前の議論の構築が
行われているところでは
どういった意味があり、その意味がどうやって仲間内で消費されていくのか。

その上で西欧中心主義に乗った人間の影響は?

学問だけではなく、留学して”仕事の幅を広げる。語学を生かした仕事をする”
と(私には訳のわからない理由付けだが)仕事を得た人間達が
仕事を通じて行う言動の影響はどうか。
そこで上下ができ、またさらに上下の価値を助けて行っているようだ。
日本の中での差別はこのままでは全く変わらない。

不思議なことにこういったことに常に敏感であると
思っていたある海外暮らし、留学が長い友人も
日本に戻って話すと無意識に誰もわからないような
英単語を使って仲間内のヒエラルキーを刺激していた。
周りの人間もその単語がわからない、という気まずい
ことは言えず無視して相手の話しの前後関係から
意味を得る。
私もこれには敏感だが経験を否定する気はないので
頭でなんとなくこれは使ってこれは使わないとしている。
ブログでいいのは相手の経験を知らないので
あまり敏感になりすぎてもしょうがない、と思えるところだ。
ある程度自然にやっているけども
多少は言葉使いも気を使っている。

留学、語学習得、海外経験が悪いのでは全くない。
それを意味も無く人より優れているという位置づけに
持って良くのはさらに日本でのヒエラルキー制度を助け、
差別、偏見構造を円滑にしていくことだ。
これらを脱構築するにはなにができるのか。
とりあえずもっと考えて色々と訴えていっていきたい。

ちなみに日本語でプライドを持つ、という意味と
英語でのI am proud of ~
という意味は違うと思う。
私は日本語でのプライドを持っていないことは多いけども
英語でのは結構ある。
さあ、どうやって翻訳していいのか、すいません、わからないんですけども。。。

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